ワタシの母親

ワタシには母親がいます。
母親は昭和16年12月9日に生まれました。
真珠湾攻撃の次の日に生まれました。
マレー半島進攻の次の日に生まれました。
大東亜戦争(第二次世界大戦)開戦の次の日に生まれました。
まさに激動の時代の始まったときに生まれました。
母親には父親がいました。
ワタシから見るとおじいさんです。
祖父になります。
今は亡くなりました。

母親が生まれたときには、祖父は家にいませんでした。
半年前に赤札がきて戦争に行ったそうです。
最初は志那(中国)に配属されたそうです。
後に南方へ配属されたそうです。
具体的な国名は知りません。

そして昭和20年8月15日に終戦をむかえいました。
戦争が終わったのです。
この時、母親は3歳と8カ月の年齢になります。

祖父は終戦の2年後に帰国しました。
祖父は祖母と母親のもとに五体満足で帰宅しました。
この時の母親の年齢は6~7歳だと推測されます。
小学校1年生ぐらいの年齢です。
この時にはじめて父親に会ったそうです。

祖父が帰宅するまでは、祖母は祖父が生きているのか、
死んでいるのかすら知らなかったそうです。

シベリアでは60万人の日本国民が、
ソ連に強制労働を課せられました。
ほとんどの人が、日本に帰ることなく亡くなったそうです。
インドネシアやマレーシアでも日本国民が
現地の独立のために命を落としています。
戦争のやり方を知らない現地の人に替わって
宗主国と戦い命を落としました。

それを考えると祖父が終戦の2年後に五体満足で帰国できたのは、
奇跡に近いものがあります。

母親は京都市で生まれ育ちました。
広島に落とされた原子爆弾は、
当初京都に落とす予定だったそうです。
当日の京都は曇りのため視界が悪かったそうです。
それで原子爆弾の投下予定を京都から広島に変更したそうです。

それを考えると祖母と母親が生きていることは、
奇跡に近いものがあります。
その後母親は妹1人と弟1人ができました。
弟は7年前に他界しています。

母親が祖父と出会えたのは奇跡であると思います。
母親が生きているのも奇跡だと思います。
そうでなければ、ワタシも生まれてないのですから。
これは先日母親から聞いた話です。








奇跡






意外と身近に存在します。








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